私たちは第二次世界大戦後の六十年間を、日本国憲法の子として生きてきた。
それは、主権が私たちにあるという「主権在民」と、けっして戦争をしないという「不戦主義」と、一人ひとりが人間として尊重され、また他者を尊重するという「基本的人権」のもとで生き、暮らすことであった。
*
だが、いま、二一世紀の初頭。私たちは世界の荒々しい現実を目の当たりにしている。
政治的・経済的・軍事的に力を持つ大国がグローバル市場の拡大を叫びながら世界中を席巻し、それに対抗する宗教と民族と国家が排外主義とテロリズムに走り、大国はまた報復を叫んで戦争を仕掛け……と、世界には憎しみと暴力が絶えず、不平等と貧困と抑圧がきしんでいる。
この国の私たちもまた、こうした現実とつながっている。
政府は米国ブッシュ政権の言いなりにイラクに自衛隊を派遣した。また長引く景気低迷と経済格差の広がりを背景に、偏狭なナショナリズムも頭をもたげている。結党五十年を迎えた与党自民党はこうした気運と先の総選挙での大勝を追い風に、いよいよ本格的な憲法改正を唱え、独自の新憲法草案なるものを発表した。その先取りのように、自由な憲法論議を封じ込めようとする憲法改正国民投票法制づくりも進んでいる。
*
私たちは、議論も検証もなく進んでいくこのような動きに鈍感ではいられない。
多かれ少なかれ各国の憲法はそれぞれの歴史を背負っているが、日本国憲法も例外ではない。世界を巻き込んだ侵略戦争の惨禍と廃墟のなかで、過去への深い悔悟と未来への固い決意を込めたそれは、人類が積み上げてきた英知を汲み取り、立憲主義の精神を日本および国際社会がめざすべき理想として磨き上げ、明文化するものとなった。
言い換えれば、この国の人々がこのような憲法を高く掲げたくなるほどに戦争の惨禍はすさまじかったのであり、その惨禍が何倍にもなって近隣諸国の人々と国際社会におよんだことを思えば、日本国憲法は日本一国の基本法であるにとどまらず、それ以後の日本がどのような国家たらんとするかを述べた国際公約ともなった。
これこそが、日本国憲法の独特な歴史性である。私たちは立憲主義に基づき、主権在民と不戦主義と基本的人権の尊重を謳った憲法を持つことによって、かろうじて再び近隣の国々の人々と国際社会に受け容れられたのではなかったか。
*
それから半世紀余の日本人は世代をまたいだ努力をかさね、経済的な繁栄、政治的な自由、文化的な多様性、社会的な成熟に向かって少しずつ歩んできた。その歩みは遅々としたものであり、ときにはみずから手を汚した戦争の罪過と償いを忘れ、またときにはこの間の東西冷戦やグローバルな市場経済化に起因した幾多の戦争や紛争に乗じて利得をむさぼるようなものであったが、その時代時代に、少なくない人々がこの国のありようを内側から問い、その利己主義的な姿勢を正そうとしてきたことは、日本国憲法とそれによって生まれた民主主義の成果であった。
日本国憲法の子として生き、暮らすということは、この憲法が誕生した歴史的経緯に十分に自覚的であり、かつこの憲法の理念を国内において活かすと同時に、この理念を近隣諸国や国際社会の人々と共有し、世界の平和と安寧、人々の自由と幸福の実現のためにともに努力することであったし、いまもその重要性にかわりはない。
*
私たちは〈自民党新憲法草案〉を読み、唖然とした。
何よりもそこには、死者への思いがない。死の観念は、あらゆる共同体の基層にあって、文化的な一体感と歴史的な深みを作りだすものだが、いまの日本国憲法が「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうに」と謳った背後に横たわっていた、日本人三百万、アジア太平洋地域の二千万の死者たちの存在感がすっかり蒸発している。
いま生きている者たちが死者の無念や潰えた夢や苦しみを忘れ、今日明日だけのスローガンだの関心事だのを書きつらねれば、おそらくこのような存在感も格調もない、ただむなしく力んでみせるだけの草案になる。この数十年間の日本の政治権力を握ってきた者たちが、いわばその集大成としたはずの新憲法草案が示すこの無様さは何なのか。
しかし、それは、戦後復興と高度成長を経て経済大国になり、バブルを駆け上がり、駆け下ったこの国が、一生懸命に死と自己との関わりを忘れようとしてきたことの、まさに反映なのかもしれない。戦後日本は戦争死を「英霊」として靖国神社に、「過ちは繰り返しません」と原爆慰霊碑に、「平和の礎」として沖縄戦跡に隔離し、政治的風向きに応じて出したり引っ込めたりできる便利なシンボルに封印してきたとも言えるからだ。
思えば、不戦主義と主権在民と基本的人権の尊重を柱とする日本国憲法が生きながらえたのは、国内外の膨大な死者たちの重みのおかげだった。ひとつひとつが生々しくも激しく、想像すれば目もくらむような死のリアリティーが、生者の軽々しい思いつきや一時の熱狂を圧倒してきたからだった。
こうした日本国憲法の歴史性と重みを外してしまえば、いくらでも上っ調子の新憲法草案なるものができる。どんなに「自らの意思と決意」や「不変の価値」や「不断の努力」を説き、この国を「愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る」と力んでみても、それを支える深い根拠がない。
*
草案は「自衛軍」を保持し、単独でも「活動を行う」と言い、「国際的に協調して行われる活動」もするという。「我が国の平和と独立」「国及び国民の安全」を確保するため云々の理屈はいくらでも並べられるが、要は日本をまたしても戦争のできる国、戦争をする国にするということだ。
私たちはこれにまったく賛成しない。自衛軍は米軍によって世界のあちこちに引っ張りまわされ、そのたびに日本は兵士たちの血を流しながら、嫌われ者になっていく。軍事大国化していくこの国は、不戦主義ゆえにかろうじて培ってきた近隣アジア諸国と人々の安心感と信頼感を失い、そこここでとげとげしい小競り合いを繰り返しながら、ますます内向きになり、衰退していくのだろう。
*
そして、もっとも気になるのは、草案が「公益」や「公の秩序」を強調し、国民の「責務」を説いていることである。
国や社会を支え守るのも「責務」なら、自由や権利には「責任及び義務が伴うことを自覚」し、「公益及び公の秩序に反しないよう」にするのも「責務」だという。これは為政者が主権者であるはずの私たちに「ああせよ、こうせよ」と指示し、「これはしてはいけない、あれもだめ」と命令するということだ。主権在民が、ここでは虫食い状態にされている。
どの国でも、国民が一時の熱狂に駆られ、他国と戦争をしようと言いだすことはありうるだろう。ポピュリズムやファシズムの歴史が、民主主義にもひそむそんな危うさを教えている。だが、私たちが主権者であれば、やがていつか正気にもどり、主権の行使によってその戦争をやめることができる。
ところが、種々の責務や義務、公益や公の秩序を優先させる実体のない主権在民では、その可能性が断たれてしまう。その結果がどうなるかは、過ぐる戦争の末期、時の為政者らがポツダム宣言受諾をめぐってもたついていたあいだに、二度の原爆被害とソ連軍(当時)の参戦を招いた過去の経験が証している。
自民党新憲法草案の最大の危険性がここにある、と私たちは考える。
*
ところで、政府与党の実務者会議が昨年まとめた〈憲法改正国民投票法案〉は、もはや完全な死に体になったのだろうか。
重箱の隅をつつくようなこまごまとした各種マスメディアの報道と批評への規制、巷のレストランや飲み屋での憲法談義やインターネットのおしゃべりまで萎縮させかねない表現の自由の圧迫、教育関係者や公務員の私生活にまで介入して改憲の是非を論じてはならないとする精神の自由の封じ込め、外国人には憲法問題に口出しさせないという威圧的態度……。
この一年、これらのひとつひとつについて、全国のマスメディアや法律家や文学・文化団体など各方面から批判が噴きだし、私たちもまたきびしく批判してきた。いったい主権者である私たちが、なぜこんな不自由と沈黙と萎縮を強いられなければならないのか。ことはこの国の基本法をめぐる是非であり、私たちすべての生き方、暮らし方に関わるというのに、黙って改憲に賛成すればいいのだ、と言わんばかりのこの横柄さは何なのだ。
こうした一々こそが改憲の中身の先取り、主権在民の蚕食の始まりではないか、と私たちは考えざるを得なかった。
*
すでに述べたように、私たちは自民党新憲法草案とそれに沿った改憲はおよそ考慮に値しないと思っているが、ともあれ憲法改正をめぐる国民投票法制を考えるのであれば、以下の諸点が深く考えられなければならない。
*
一 国民投票運動には青少年も参加できること
青少年こそが承認された憲法下でもっとも長く生き、暮らすことを思えば、言うまでもないことである。彼らがこの国の過去と現在と未来を考える力をつけ、自身の才覚で将来を切り開くための機会として、憲法論議に参加する道筋をつくる必要がある。有権者年齢も一般選挙より低く設定されてよい。
*
二 国民投票運動から外国人を排除しないこと
戦後日本も、また憲法もいまにいたるまで、アジア太平洋戦争による負の歴史を背負っている。憲法論議を国内のみに閉ざしてしまうことは、この六十年間に培ってきた近隣アジア諸国と人々の安心感や信頼関係を一方的に断ち切ることにしかならない。また私たちにとっても、改憲の是非をめぐる在日外国人の意見や国際的な反響は欠かせない判断材料となる。
*
三 言論・批評・表現活動にいっさいの制限を加えないこと
国の基本法をめぐる議論は、精神の自由に属している。およそ国民投票制度を持つ国々において、表現規制条項が設けられているところなどないではないか。どのようなテーマであれ、邪論や極論の類は一定期間の議論のなかで淘汰されていくものである。とりわけ「虚偽の事実」「事実をゆがめ」などといった文言を法律に盛り込んで規制しようとすることは、広範な論議を萎縮させ、不活発にさせて、ひいては憲法それ自体の信頼を低めることにしかならない。
*
四 国民投票運動期間は長期とすること
憲法はこの社会の価値意識と世界認識と将来展望に関わっている。その内容を判断するに当たっては、私たち一人ひとりが知識と記憶と思考を総動員し、他者の意見や他国の人々の見方を参考にしながら、じっくり考えなければならない。邪論や極論が淘汰されるための時間も必要であろう。これを一カ月や二カ月の拙速でやろうとすれば、やがてこの社会そのものが傷つくことになる。
*
五 投票は一括ではなく、個別にすること
現憲法のどこを、どのように変更するのかの議論はまだ深まっていないが、いずれにせよその案は複数の分野、複数の条項にわたる可能性がある。改正項目がふえればふえるほど、賛否のばらつきも大きくなる。これを一括で問うことは、改憲の是非のみならず、その内容の一々を具体的に考えてきた有権者の努力をないがしろにするものである。有権者の意思を正確に反映するために、またその努力に応えるためにも各分野、各条項ごとに個別に問う方式が設計されなければならない。
*
もう一点、どうしても付け加えておかなければならないことがある。
たしかに現在の日本国憲法は一九四六(昭和二十一)年の公布、四七(同二十二)年の施行以来、一度も日本国民の賛否を問われたことがない。私たちは多くの日本人が敗戦直後の深い喪失感と反省の気持ちのなかで、この憲法を率直に受け止め、支持してきたと考えるが、もちろんそうでなかった人々も少なからずいたはずである。
憲法改正の論議が高まり、国民投票法制づくりが進むいま、見落としてならないことは、いまの憲法が承認されるにせよ、改正されるにせよ、国民投票後の憲法の存在感が確実に軽くなること、これは覚悟しなければならない。
言うまでもなく、これは単純な算数問題である。国民投票が行なわれ、七割の有権者が投票し、ある案に対して六割が賛成したとすれば、その案は四二パーセントの支持を得て承認されたことになる。言い換えれば、全有権者の過半数が賛成しない憲法が、それ以後の日本の憲法になる、ということになる。そのことが数字上にはっきりと示されることの意味は、小さくない。
*
主権在民、不戦主義、基本的人権の尊重――この三つを原理とし、その前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」とある日本国憲法の子として生き、暮らしてきた者として、率直に語りたい。
日本国憲法は、かつてこの国が行なった侵略戦争の深い反省から生まれ、国内外にわたる二千数百万の死者たちに支えられ、世代をまたがる戦後日本人の努力によって、この国を復興から高度成長、経済大国から国際社会における責任ある立場へと地歩を固める基盤になってきた。それはまた民主主義社会としての活力の源泉ともなれば、近隣諸国と国際社会の人々に安心感を与え、信頼関係を醸成する根拠ともなってきた。
*
こうした日本国憲法の恩恵にもっとも浴したのが、私たち戦後世代とそれ以降の世代だと言っても過言ではない。だからこそ、私たちは言わなければならない。
いま提案されている日本国憲法そのものの改正の中身と、それを先取りするような国民投票法制の与党案のような内容はけっして受け入れられない、と。それがどんなに権力的野心の強引さと、偏狭なナショナリズムの台頭を追い風に推し進められようと、私たちは拒否する。
私たちはこの勢いを食い止めたい。これの行き着く先が主権在民の空洞化であり、暴力と暴力の、武力と武力の衝突であり、そこで殺され、奪われ、焼き尽くされるのがおびただしい市民大衆であることを歴史的経験として知り、また現実の出来事として目の当たりにしているからこそ、私たちは何としてもこの趨勢を断ち切りたい。
*
それはどうすれば可能なのか。私たちの手に何があり、それをどのように使えば、この勢いを止められるのか。
私たちの手にはまだ日本国憲法がある。主権者こそが権力のふるまいをコントロールすると謳った主権在民と、政府の行為としての戦争は二度と起こさないと誓った不戦主義と、一人ひとりの自由を最大限に保証した基本的人権の尊重の三つを理念とする憲法がある。いま生きているこの憲法を、私たちは初心にもどって使ってみたい。
日本国憲法は過酷な歴史のなかで苦闘してきた人類の英知を引き継いでいる。それは、くり返せば、十五年間におよんだ戦争への悔悟と灰燼のなかから奇跡のように生まれた憲法だった。そして、それはまた、国境を越えた国際公約として生きつづけてきた憲法でもあった。
この日本国憲法の歴史性を、私たちは、テロと戦争が、グローバリズムと排外主義が、不平等と抑圧が悪循環をくり返す二一世紀世界に向けて解き放ち、あらたな世界性と普遍性を獲得したいと思う。
二〇〇五年十二月八日
〈共同代表〉
野中章弘(ビデオジャーナリスト)
吉岡 忍(作家)
吉田 司(ノンフィクション作家)