2007・1・25 緊急アピール
ノンフィクション作家 吉岡忍
「美しい〈属国〉」って、誰かがうまいことを言った。安倍首相は「アメリカと組むのがベストの選択」とおっしゃったが、イラク戦争を手前勝手な理屈で始めて、予想通りに泥沼にはまったアメリカにどこまでもついていこうなんて、人が好いのか、ただの無思慮なのか。中間選挙で惨敗し、手詰まりのまま兵員二万の増派を決めたときのブッシュ大統領と盟友ライスさんの鬼のような顔を見なかったか。あれは政権末期の悪相だった。
日本の政治から、知性や思慮というものを感じなくなって何年になるだろう。週末の朝や夕飯時にたまに政治バラエティー番組を見ていても、政治家は古手も若手もふんぞり返り、目先の損得を口にするばかりで、まるで分別がない。人間、落ちぶれても、政治家にだけはなりたくないよな、とチャンネルを変えてしまう視聴者は私ばかりではあるまい。そういえば、またぞろぼろぼろと国会議員諸氏の金銭スキャンダルが発覚している。
今年から来年にかけて、問題のアメリカはむろん、イギリスやフランスでも、韓国やロシアでも、大統領や首相の任期が切れ、顔ぶれが一新される。それで世界の仕組みや気分が大きく変わることはないにしても、属国路線以外の選択肢を作れないまま惰性をつづける日本よりましではないか、と私は思う。政治家に対するわれわれの不信は、いまや人間一般への信頼感まで侵食しはじめている。
二〇〇七年、団塊世代の先頭集団が還暦を迎え、定年退職になる。
若い日のこの世代の一部は、ベトナム戦争や政治の無分別に怒ってキャンパスにバリケードを築いたりしたけれど、大方七、八割は、講義がないのをもっけの幸いと、旅行や遊びのためにバイトするのを覚えた最初の世代となった。いま永田町界隈に棲息している脂ぎった同世代、あれはあのときせっせと小遣い稼ぎばかりしていた連中の成れの果てかもしれない。ついに芽が出ないまま、安倍さんらの後進に追い抜かれ、大半はやかましいだけの存在になっている。
その他の、だんだんお役御免となっていく団塊は、この国を見放しつつあるのではないだろうか。下の世代が展望のないナショナリズムに駆られ、戦争をしないと決めた憲法を変えて、アメリカの言いなりにこの国を軍事国家に仕立て、泥沼にはまりたいというなら、どうぞどうぞ。そうやって美しい属国として落ちぶれていく姿を遠望するのも一興ではないかと、はや世捨て気分の団塊世代の一人として、私も思わないでもない。
しかし、達観したつもりの足もとで、異様なことが次々起きている。都心歯科医のビル持ち家庭で、入試三浪の兄が、タレント志願の口達者な妹を殺してバラバラにし、ゴミ袋に入れて自室に放置した事件。かと思うと、セレブ気取りの若妻が、外資系金融ビジネスのドメスティックバイオレンス亭主をワインボトルで撲殺し、数分割にした死体を繁華な街角に捨てて歩いたりもした。
先年来、親が子を川に突き落とし、子が親を絞めて殺すなどの事件や、クラスメートがよってたかって一人の生徒をいじめ抜き、自殺に追い込む事件が続発してきたが、いったん始めたら制止のきかない猛進ぶりと後始末の大雑把さ、あとからくる世代のこのちぐはぐさはどこからくるのか。猪突するから、がさつになるのだ、と一応は理解するけれど、ここにもおよそ知恵というものがない。せめて後始末くらい、見つからないようにしっかりやれ、と先輩世代の捨て台詞として言っておきたい。
こういう世情の乱れ、これまでは自分以外の誰かのせいにしていればよかった。凶悪犯罪の増加は、中国人が大量に流れ込んできたからで、豊かで平和な暮らしが脅かされるのは北朝鮮が悪いから、と首相も知事も、マスコミも2ちゃんねるも言ってきた。誰もわが身の、わが街の、わが国の欠けているところを見たがらなかった。
今年は選挙の年だそうだ。参院選もあれば、知事や市町村長の選挙もあっちこっちで行なわれる。私は律儀に投票してきたクチだが、あれは変なものだ。この政党、この候補者のAという公約(例えば経済政策)がいいからと投票すると、かの政党や政治家はX政策(例えばイラク派兵)だの、Y政策(例えば憲法改正)だの、私が頼みもしなかったことまで勝手におっぱじめる。たいていこちらのほうに、熱心だ。おまけに、「公約なんか破ったって、たいしたことない」と叫んだ首相までいて、投票民主主義という制度に、いまだに私は慣れることがない。
それともうひとつ、選挙は、おおっぴらに自分を褒め、相手を声高に貶め、罵倒することで成り立っている。わが身の知性のなさ、思慮の浅さになど、金輪際気がつかないようにできている。自分は正しい、間違っているのは敵だ、とまるでどこぞの大統領にそっくりの絶叫があたりに満ちあふれるかと思うと、なるほど属国だわい、と感心しながら、私は腰が引ける。
その足もとで、日本列島は後先見ずに猪突し、がさつに立ち腐れていく。おかげさまで一身で栄枯盛衰の両極端をひとめぐり。人生、これにまさる充実はない。