10・7 「美しい国」ニッポンは、このまま米の属国≠ニなり果てるのか「いつも心に憲法を」隊、アメリカを行く@
ノンフィクション作家 吉田司 (週刊現代 06年10月7日号掲載分・連載の第一回)
ぼくらは「主権在民!共同アピールの会」。今般はるばるアメリカ大陸横断 10 日間の旅に出たが、その目的と深い理由(わけ)、つまりはその「止むに止まれぬ大和魂」について語りたい――それはね、この国が長らくひとりの魔法使いに支配されていたことと関係がある。
この国は 80 年代には「日の出ずる国」と呼ばれる世にも裕福な国だったが、ある日突然、経済の大波(バブル崩壊)に襲われて座礁した。護送船団や終身雇用の安定したレーダーは失われ、会社「家臣団」サラリーマンの首切り・リストラの葬列が続いた。自殺・子殺し・親殺しが横行する百鬼夜行あるいは涙の絶えぬ「嘆きの国」へと変貌したのだった。
さてその嘆きの国にある時、ひとりの男が現れて、大衆をチャームする歌や踊りや演説の陽気なパフォーマンスを展開した。まるであのシャンソンの『幸せを売る男』のようだった。「人が悩み涙こぼす、そんな時にオイラは行く」。
人々はすっかりその男が好きになり、愛し、この国の王様にした。その男の名前はコイズミと言った。コイズミは国中に劇場を作って人々を招待しては、頭の上から「コウゾウカイカク」という不思議な魔法の薬をふりかけた。それから数年、人々がハッと気づいた時にはもう手遅れだった。若者は下流社会の「ワーキング・プア」(働く極貧層)に姿を変えられ、自衛隊は軍隊となり、遠くの砂漠やオイルの町で働いていた。いや、なによりもこの国そのものが、あの荒ぶるカウボーイの国・亜米利加の「属国」になり下がっていたのである。
そして今またその「小泉マジック」に続く次の魔法=安倍晋三の「美しい国」づくりが始まろうとしている。安倍は最新刊『美しい国へ』の中でこう書いている。
「日米同盟は不可欠であり、経済力、最強の軍事力を考慮すれば、日米同盟はベストの選択なのである」( 12 9ページ)
日米一体化(いわゆる属国路線)はいっそう深化し、集団的自衛権の確立(=米軍との共同行動)をめざす<改憲内閣>が間もなく姿を現す――というわけで、この国の権力者が使う魔法の力のネタ元がいつもそこにあるのならば、憲法改悪に反対するすべての日本人は自分たちの“平和主義の戦いの現場”を日本国内ではなく、国境線のむこう<米国大陸>にこそ求めるべきではないだろうか。
そう、ぼくらは、2人目の魔法使いがこの国にふりかけようとする魔法の粉<ケンポウカイセイ>の呪力を封じ込め、無効化させるために、米国大陸横断の旅に出た。9月7日のサンフランシスコ→ボストン経由→9月 11 日ニューヨーク(5年目のグラウンド・ゼロ)のスリーポイントに日本人の≪戦う平和主義≫のワールドワイドな旗を立て、安倍「美しい国」(島国日本ナショナリズム)への先制パンチ攻撃を行うのだ……と。
つまりこれから始まる物語は、ぼくらアピールの会・選抜メンバー 14 名が繰り広げた、現代「反テロ戦争」世界に対抗する<ドン・キホーテな平和の夢>=その 10 日間のアメリカ珍道中・ドタバタ喜劇の報告記なのである。
でね、旅日記風に記せば、9月6日まずアメリカに全員無事に入国できるか??? それが最大の問題だった。なぜならアピールの会は憲法改正国民投票法案反対! をスローガンに作家の吉岡忍やアジアプレス代表の野中章弘、映像作家の森達也らが結集したトテモ真面目な集団だよ。でも今回のドンキホーテ旅団ときたら、青春時代「東大闘争の時計台にいましたぁ〜」とか「新宿西口のフォークゲリラでぇーす」とか「ベトナム戦争の脱走米兵支援で逮捕された。何か文句あっか」とか、 60 年安保ゼンガクレンの親分だったとか、そんな中年不良なヤツばーっかしなんだもの。
それにさ、待ち構えるサンフランシスコ入国管理の方も普通じゃない。例の欧州の「液体爆弾」騒ぎで身体中の神経を逆立てて“危険人物”チョイスに眼を血走らせている。ベルトをはずせ、上着も靴もぬげ、電子指紋とるわ、ボール型映像コンピュータで撮影するわ――もうアリ一匹通さない、あの勧進帳の「安宅の関」のような厳戒体制なのだ。案の定、ひとり捕っつかまった。フリーライターの古木杜恵(元「個人情報保護法反対!共同アピールの会」事務局長)だ。係員と言い争っている。
「おい、どーしたんだよ」みんなで取り囲むと、「いや、なに映像コンピュータが故障して映らないんですよ(笑)」。とうとう古木は顔写真登録なしで入国した。快挙というか、相変わらずアバウトなカウボーイの国だ。
かくて「バンザーイ!」全員無事アメリカ入国ってわけで、ここで、今回の珍道中の全メンバー・ 12 名のサムライと2名のヤマトナデシコを紹介してこう。吉岡忍、野中章弘、古木杜恵、刀川和也(アジアプレス・カメラマン)、中川昌俊(同・録音、最年少の 26 歳)、東一邦(さいたまNPOセンター理事)、三上治(評論家)、加藤梅造(新宿ロフト)、大木晴子(イラク反戦など新宿西口で「スタンディング」活動中)。これにボストンから、森達也、石坂啓(漫画家)、「謎のサラリーマン」(正体不明なの!)の3名が合流する。わたくし吉田司はこのドンキホーテ旅団の広報・ラッパ手のようなもの。旅団長は元木昌彦(元週刊現代編集長)だ。知る人ぞ知る「週刊誌ヘアヌード・グラビア時代」を作った、そちらの方面のかつて帝王である。
ともあれ、この夜はサンフランシスコの漁港観光スポット「フッシャーマンズ・ワーフ」の居酒屋で、これからの旅のサクセスを祈って乾杯。ゆであがったばかりのカニ、ロブスター、シュリンプを地ビールで腹いっぱいたいらげた。お代は 11 人で合計 580 ドル也。時差ボケで眠れぬ者続出。
[9月7日]オペラハウスに<最初の旗を立てる>
安倍晋三が「日米同盟はベストの選択」と言うのなら、ここは彼の故郷である。日本がマッカーサー占領から独立した1951年9月7日サンフランシスコ講和条約締結(=日米安保体制のスタート)の会場が、ここ「戦争記念オペラハウス」だからだ。ぼくらはこの記念館の中庭に集まり、「戦争そのものを禁止した」1928年のパリ不戦条約を読み上げる『ヒストリカル・エナクトメント(歴史復元主義)アクション』を敢行した。なぜか?
安倍に限らず日本の改憲派は、「平和9条」は米国からの<押しつけ憲法>であり、民族的な<自主憲法>に変えるべきだと主張している。しかし最近の学説では、9条の「戦力放棄」条項は、実はそのパリ不戦条約(仏外相ブリアンと米国務長官ケロッグと日本の幣原喜重郎の3人が根回しして、 63 か国の代表が集まり、独・英国・イタリア・カナダを含む 15 か国が調印した)の再現であったとの指摘が力を得つつある。実際、半藤一利の『昭和史』にも、敗戦後、幣原内閣ができて、「幣原さんがマッカーサーに会った時、それ(パリ不戦条約)を思い出し、これからの日本は……国策の手段として戦争を放棄すると明言した」との新しいアングルからの憲法制定物語が記されている。
つまり平和9条は<押しつけ>でも<理想主義>でもない。第一次世界大戦の惨禍をふまえて世界主要 15 か国が調印した極めて現実的な国際法規の復元なのである。日本も昭和4(1929)年「御名御璽」でこのパリ不戦条約を批准・公布している。濱口雄幸内閣の時で、外相は幣原喜重郎、逓信(郵政)大臣は小泉又次郎。いまの小泉純一郎の爺さまだ。つまりその国際法となった<戦争放棄>を踏みにじって、戦前日本は中国に武力侵攻したから日本は世界中から不正義 ( 国際法違反 ) だと非難を浴びたわけだ――とまぁそういうわけで、日本国憲法9条の隠された“本当の名前”は、ケロッグ・ブリアン協定(世界不戦精神)だったのである。だから、ぼくらの願いは、(1)安倍晋三の「美しい国」(日米同盟)の故郷は山口・長州藩ではなく、このオペラハウスであることを人々に知らしめ、(2)世界不戦条約の旗を三度高々とサンフランシスコの空にひるがえらすことによって、これまで「日本民族」的文脈でしか語られてこなかった狭ぁ〜い島国「改憲問題」を、ワールドワイドな国際論議の場に引きずり出すことにあった。

(オペラハウスのそばでパリ不戦条約を読み上げる(サンフランシスコ))
元木旅団長が、日本語で朗々と不戦条約第1条を読み上げ、刀川のカメラ(録音・中川)が回った。
「第一条、締結国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ……」
カルフォルニア大学バークレー校留学生の森本麻衣子がフランス語で続き、米国語はマイケル・ミラー( 35 歳)が読んだ。マイケルはニュージャージ出身。5年間日本にいた。埼玉の春日部中学の教師だった。
森本は美しい娘だ。中庭の緑の芝生、涼しい木陰でこう語った。
「この不戦のこころを読むのは辛い。だっていま、なんというバイオレンスな世界にアメリカもわたとたちもいるのだろう……」
わたしも答えた。
「ええ、だからこそ読むのです。いま日本では、多くの人が安倍氏をリーダーに選んで、まさに自らすすんでそのバイオレンスの中に入ってゆこうとしているのですから」
こうして<ドン・キホーテの夢>の旅団のアメリカ横断が始まった。次号に続く……のである。

取材中の吉田司と吉岡忍